予告
天神歴史シリーズ第2弾
天神の台所を支えたおんなたち
こうご期待
取材に少々手間取りそうです
【2008/02/18 16:55 】 | 公民館 | page top↑
天神歴史シリーズ 映画館物語
 映 画 館 物 語

◆越前栄さん
 現在の公民館の前身は映画館だったというのは地元の方はほとんど知っていますが、当時の写真もなく資料的なものも残っていないので、公民館の隣でお住まいの小屋主で技師であった越前栄さんにお出合し当時のエピソード等お聞きしてきました。

◆東映会館
 戦後、娯楽に飢えていた人々に対し映画技師であった越前さんは数人の仲間で東条映画連盟を結成し、森の「大柴酒造」の酒蔵と厚利に小屋を設立、映画だけではなく芝居・漫才なども呼んできて観客を楽しませていました。その名も東条映画を略して「東映会館」,大手の東映とは何のゆかりもありません。

◆会館建設
 大規模建設の統制も解除になる昭和25年の春に念願の会館を建設、オープンすることが出来ました。ただ保健所の許可の関係で常設館として認可されたのは1年後だそうです。
会館の名称は「天神文化会館」こけら落としは中町の播州歌舞伎、
通常は週3回上映し、盆正月は10時ぐらいから5回上演され、入場料は30円ぐらいだったそうです。
 舞台、2階畳桟敷席を設け200人が定員で、映画だけではなく、芝居・漫才・浪花節・手品など娯楽の殿堂として位置づけられていました。

◆青年団・婦人会
 会場と映画のスポット売りで当時の団体活動資金の大事な娯楽でした。今のパー券売りでしょうね。

◆定員200名に1000人を越える観客
 その作品は弁士を立て、楽師によるBGMスタイルの無声映画「須磨の仇波」。当初配給会社の方もあまり入らないだろうということでしたが、いざ蓋を開けてみると超超大入り満員。話をされている越前さんも上映した日までもしっかり覚えておられるほどだからすごい状況だったらしい。
 内容は大正時代に実際に起きた家庭悲劇の事件を映画化されたもので、主役ともいえる方が現在の三木市の出身だからより興味を引いたのでしょう。
 客席は超満員、舞台には寝っ転がって見ている人、窓には梯子をかけて、非常口は壊され、それでも入れない人が外でたむろしすざましい光景に、途中で金庫を持って逃げられたそうです。

◆終 焉
 日本映画史上最高のメロドラマといわれる「君の名は」をはじめ、また舞台もあの西田佐知子・関口宏の両名も立たれた事がある等、地域の文化発信基地として栄華を誇った施設もテレビの出現により役目を終え昭和39年の春に幕を閉じました。
【2008/02/18 11:29 】 | 公民館 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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